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表現者の背骨

October 13, 2016

■■ コラムVOL.343
■■ 表現者の背骨
 
 
161013_tips
 
 
| 表現者の背骨 |
 
 
・ミスをする自分が許せない
・間違えることがとにかく怖い
・相手から反論されるのがイヤ
 
こういう人って結構います。
これって、なぜでしょう?
 
間違うことに対する恐怖は、
価値の判断基準が自分の「外」に
あるから。基準を外部にゆだねて
いるから。
 
もし、みなさんが自分自身を
「表現者」として認識している
場合、外部に依存した優等生を
きどるのは、あまり賢くない気
がします。
 
 
/// 以下、引用・転載 /////
 
 
精神的な背骨がある人は、自分が
間違えることをだいたい許容できる。
自分の判断基準からしてどうでも
良いことならば、間違えたって直し
てより良いものにしていけば良い
だけだから。
 
(中略)
 
一方、精神的な背骨が無い人は、
いかなる間違いも許容できない。
なぜならば、判断基準は外にある
ためどの間違いが自分に致命的で
どの間違いが自分に致命的でない
かが判断できないから。
 
だって、判断するのは他人。
完璧に振舞いたいのだけど、
どう振舞えば完璧かわからなくなり、
自信が無くなり、自分が嫌いになる。
まるで、プライドを殻にした甲殻類
みたいになるんだ。判断基準は外に
あるので、自分が取れる選択肢は
 
「他人に嫌われないようにする」
「他人にかっこ悪いと思われないようにする」
「他人にできない奴とみられないようにする」
 
というものしかない。
強化も変更もできないんだ。
 
(中略)
 
表現者は、外の世界に自分の考えや
思いを問うのがその存在意義だ。
外に問うということは反論を食らう
ということなので、皮膚は破れ、
肉は断たれる。でも、骨は守る。
 
傷を癒し、身のこなしを鍛え、骨を
強化し、場合によっては骨を入れ替え、
再び世の中に自分の考えや思いを問う。
考えや思いを外に問わなければ何も
始まらないから、ただ、そうする。
 
だから、君がもし表現者になりたい
のだとしたら、精神的な背骨を手に
入れる必要がある。
 
 

(転載元)発声練習
『価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない』
http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090222/p2


//////////////
 
 
組織や周辺環境に価値基準を合わせ、
そこに最適化することは、時として
とても大切なこと。組織のカルチャー
にフィットすることとか、効率とか
生産性とか、そういうことを追い求
めるほどに自分のパフォーマンスが
最大化する気がしますよね。
 
でもその一方、最適化「しすぎて」
しまうこと、つまり、組織や他人が
自分をどう思うかを基準にしてしま
うことの弊害もあり、依存によって
現状から動けなくなるリスクに直面
するのではないかと思います。
 
仕事をする上で、まずは最適化の
”越えてはいけないライン”を自覚
すること。そして表現者として、
 
「なにかを良いと思う理由が
 きちんと自分のなかにある状態」
 
を維持してほしいと思っています。
 
 

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