HLYWD TIPS[ハリウッド・ティップス]|クリエイターの仕事・発想コラム


recent post

archives


その感動はどっちのもの?

September 26, 2013

■■ コラムVOL.198
■■ その感動はどっちのもの?





みなさんはたまの休日をどんな風に過ごしていますか。

映画? 食べ歩き? 芸術鑑賞? ショッピング?

このどれもが、日頃たまったストレスの解消手段となりますし、
とくに “よいモノ”と出会った瞬間は、それによって心が突き
動かされたり、創造のヒントになったり。何かしらよい影響を
与えてくれるものではないかと思います。

さらに今回は「毎日感動しまくった人生でも充実感が得られない
ことがあるかもよ」といった内容のエントリーをご紹介したいと
思います。

アップルにて、iPodなどコンシューマへのセールス・マーケテ
ィング主要部門を担当後、独立、カジケン(梶原健司/@kaji321)
さんの人気ブログから「インプットでいくら感動してもその人は
輝かない。」のご紹介です。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

 インプットでいくら感動してもその人は輝かない。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


貨幣制度の発達によって多種多様な人たちが自らの得意な
ことに集中し、それぞれが生み出す価値を効率的に交換できる
ようになったことで、社会全体は飛躍的に豊かになりました。

ただ一方であまりに社会の中で分業が発達してしまったので、
お金がある限りにおいては、ひたすら「消費」だけをすること
もできるようになってしまいました。

例えばですけど、仕事が全くつまらなくても、それでお金を
稼いで仕事以外の時間はほとんどストレス発散のごとく消費
に費やす、みたいなことは誰でもある時期経験していたりする
のではないでしょうか。

しかもお金を使ってもらおうと「消費」させるための商品・
サービスやそれを売り込むためのマーケティングは発達する
一方です。

要は、昔は消費しようと思えば、自分で作らないとなかなか
できなかったものが、今ではお金さえあれば結構手軽に手に入る。

料理が全くできなくてもお金さえあれば、家庭では絶対に作れ
ないし、食べられないような超一流シェフによるすごい料理だって
(特に日本の都市にいれば)簡単に味わうことができる。

別に料理だけではなく色んな分野で同じことを言えるでしょう。

また私は地方出身者なので分かりますが、田舎の小さなお祭り
などは地元の人にとっては参加するものである一方で、そもそも
自ら準備をするものでもあります。

花火を観てカップルで「わー!きれー!かんどー!」とかキャッキャ
ウフフしてるだけって、おまえらどんだけお手軽なお祭りやねん!!

すいません。つい、心の叫びが・・・ってか、
自分も若いころ色んな花火大会行ったなぁ(遠い目
ま、それはいいとして話を戻しまして。


何が言いたいかというと。

そういう消費を繰り返していくことで、

美味しいものをいっぱい食べて感動しました!

きれいなものをいっぱい観て感動しました!

(人が創ったもので)とても感動しました!

毎日そういう感動を追い求めて、そして極端な話、

毎日感動しまくった日々だったとして、果たして

そういう人生が充実していたと言えるのか?


語弊があるかも知れませんが、たとえ感動的な映画を観て涙が
枯れるほど泣いたとしても、結局それは美味しいご飯を食べて
感動しているのと、本質的には同じこと。

だって結局は誰かが作ってくれた刺激に反応しているだけだから。
それがダメだということでは全くなくて、そればかりを追い求め
るような生き方は片手落ちだと思うのです。

この言葉を紹介したい。


“ 自分は誰か?それは、自分が生まれた世界と、
  生まれなかった世界の差によって定義される。
  柱につけた身長を刻む傷、他人の心に残る言葉
  やツイート、なんでもいい。死後に残った差の
  集合体が自分だ。よい差を残せると良いな。
  Make a difference. Be the change. “

  古賀 洋吉 @yokichi
  https://twitter.com/yokichi/statuses/110218765895090176


消費がある意味、誰かが作ったものを自らにインプットする行為だと
したら、それとは対極に、自ら外の世界に働きかける(アウトプット
する)ことで、何らか差を残す。その過程において体験する感動も
あろうかと思います。

美味しい料理を食べるのと、美味しい料理を作って食べてもらうことの
違い。花火を観に行くだけ(笑)と、自ら祭りの準備に関わったときの、
お祭り当日の違い。

インプット(消費)でも感動できるし、アウトプットでも感動できる。

心が震えるという意味では同じことですが、どれだけ感動したとしても、
それが結局は誰かが作ったものを消費した結果なのか、自分が何か外に
働きかけた結果によるものなのかで、全く質は異なると思うのです。


だからこそ、常に心に問うておきたいものです。

その感動はどっちのもの?



(引用元)「カジケンブログ」(梶原健司/@kaji321)
“インプットでいくら感動してもその人は輝かない。”
https://kajikenblog.com/?p=3347


—-

さて、いかがでしょうか?

誰かが作ったものをインプットする消費行為と対極にある、
自ら外の世界に働きかけるアウトプットの行為。

アウトプットからしか得られない充実感を、意識的に、
できればたくさん、感じていたいなと思いました。




pagetop


infomation

HLYWD AGENT

BYND

hlywd blog

tips

コワーカーズエリア

tokyodive

ネタリウム


Copyright(c)HLYWD AGENT JAPAN INC. All Rights Reserved.