HLYWD TIPS[ハリウッド・ティップス]|クリエイターの仕事・発想コラム


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クリエイターの新陳代謝

October 14, 2015

■■ コラムVOL.296
■■ クリエイターの新陳代謝
 

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| クリエイターの新陳代謝 |
 
 
「 最近、スランプなんです 」
 
都内のデザイン事務所で働く友人の
デザイナーが、そう、言ってました。
 
聞けば、この半年から一年ほど、
自分のアウトプットに手応えがなく、
不調を感じる時間が多くなっている
ということ。
 
彼女は、デザイナーになって6年。
ここまで、着実に腕をあげてきた
と自負しているし、新しいデザイン
トレンドだって、顧客ニーズだって、
都度ちゃんと捉えて追求している。
 
「 それなのに・・・・ 」
 
彼女の表情は、一向に晴れません。
 
どうやら、仕事に取り組めば取り組む
ほど、どこか自分がズレている感じが
するのだそうです。
 
 
//// 以下、引用・転載 /////
 
 
人間は壊す働きと
創る働きで新陳代謝する。
 
そのバランスで
生きているのだから、
治す方だけを考えて
壊す方を考えないのは
間違いなのです。
 
自然良能が体の壊れた者を
治すものなら、病気は体を
壊す方の働きと考えるべき
なのです。
 
病気になるのも治るのも
通して自然の一つの力です。
同じ力であって対立する力
ではない。
 
 
(転載元)『健康生活の原理 活元運動のすすめ』
野口晴哉著/全生社
(amazon)https://amzn.to/1Nc6Dar


//////////////
 
 
いつか、だれかが言ってました。
 
” スランプとはせっかく
 変化しようとしてるのに、
 今までの自分を手放すのが
 怖くてしがみついている状態 ”
 
うむ・・・たしかに。
 
せっかく、自分が変わろうとして
いるのに、自信に満ちた過去の自分
に捉われ変化を恐れる。知らない間
に成長の自然な流れに逆流していく。
 
強く育てようとするでもなく。
余分に守るばかりでもなく。
 
自分を壊したり、創ったり、そういう
自然なバランスを意識してみることで、
救われるときがあるのかもしれません。
 
対抗軸で語られるべきものではない、
「壊す働き」と「創る働き」。
そのバランスを整え、新陳代謝を高める。
 
皆さんにも、ぜひ消耗する時間と充実する
時間の両方を大切にして、過ごしていただ
きたいなと思っています。
 
 

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自分を差し出す

October 07, 2015

■■ コラムVOL.295
■■ 自分を差し出す

 

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 | 自分を差し出す |
 
 
” 昔思い描いていた自分では
 ないけれど、未来は変わるもの
 だから、今の私には今の私が
 目指す未来があっていいのだ ”
 
先日、HLYWDに来社されたクリエイター
が話していたこと。とても素敵な言葉です。
 
ところで、みなさんは、かつて(あるいは
いま現在も)「何ものか」になろうと必死
にもがいた経験は、ありますか?
 
好きな映画に出てくるヒーロー、
いつか読んだ本に出てきた主人公、
非凡な才能をもつ’あの人’のように。
 
名前が知られ、認められ、賞賛され、
圧倒的な価値を生み出す人。憧れますよね。
その人生には、とてつもなく大きな意味が
あって、すばらしい価値があるもののよう
に見えます。
 
ではもし、皆さんが「何ものか」に
なりたいのに、なれなかったとしたら?
人はそれを「敗北」と呼ぶのでしょうか?
 
 
//// 以下、引用・転載 /////
 
 
ずっと前に、ネットで見かけた
短い文章に感嘆したことがある。
 
こう問いかける書き込みがあった。
 
カネより大事なものはない。
あれば教えてほしい。
 
これに対し、
こう答えたものがいた。
 
カネより大事なものがないんだったら、
それで何も買えないだろ。
 
おお、これが「論破」というものか、
と思った。
 
私たちの人生が、もし何よりも大切な、
かけがえのないものであるならば、
それを捨てることができなくなる。
 
(中略)
 
「良い社会」というものを測る
基準はたくさんあるだろうが、
そのうちのひとつに、
 
「文化生産が盛んな社会」
 
というものがあることは、
間違えないだろう。
 
音楽、文学、映画、マンガ、
いろいろなジャンルで、すさまじい
作品を産出する「天才」が多い社会
は、それが少ない社会よりも、
良い社会に違いない。
 
さて、「天才」がたくさん生まれる
社会とは、どのような社会だろうか。
 
それは、自らの人生を差し出すもの
がとてつもなく多い社会である。
 
ひとりの手塚治虫は、何百人もの、
安定した確実な道を捨ててマンガの
世界に人生を捧げるものがいて、
はじめてうまれるのである。
 
だから、人生を捨ててなにかに賭ける
ものが多ければ多いほど、その中から
「天才」が生まれる確率は高くなる。
 
(中略)
 
もし私たちが自分の人生を捨てて、
それでも何ものにもなれなかったときに、
それはたったひとりの「天才」を生み出す
ために必要だったんだよと言われても、
とうてい理解や納得はできないだろう。
 
だが、いつも私の頭の片隅にあるのは、
私たちの無意味な人生が、自分には
まったく知りえないどこか遠い、高い
ところで、誰かにとって意味があるもの
かもしれない、ということだ。
 
 
(転載元)『断片的なものの社会学』
岸政彦著/朝日出版社「自分を差し出す」(P190〜200)
(amazon)https://amzn.to/1FTdoOF


 //////////////
 

「何ものか」になれなかったとき、
なれそうにないと悟ったとき、私たちの
絶望や悲しみは、それはとても大きい
はずです。その間、安定した道を外れたり、
なにかを捨てたり、「人生を差し出して」
きたのですから。
 
ただひとつ、言えることは、今の私には、
今の私が目指す「何ものか」があっていい
ということ。時計の針を、過去から現在に
変えてみることで、スッと視界が開けていく
ことがあるかも、しれません。
 
” 昔思い描いていた自分では
 ないけれど、未来は変わるもの
 だから、今の私には今の私が
 目指す未来があっていいのだ ”
 
私たちエージェントも、人生を差し出して
なにかに賭けたことがある人の支援と、
そういう人が多い”良い社会”作りを、
していきたいと思っています。
 
 

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バナナはおやつに入りますか?

September 30, 2015

■■ コラムVOL.294
■■ バナナはおやつに入りますか?   

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「バナナは、おやつに入りますか?」


遠足のおやつに、300円とか
500円とか、上限金額が設定
されていた懐かしい時代から
(今の小学生はどうなんで
しょう??)定番ネタとして
定着したこの言葉。


この言葉が示唆するのは、

「グレーゾーンは、あえて聞くな」

 
ってこと。

なんとも、大人っぽい教訓です。

でも実際のところ、グレーゾーンを
目前にした、”大人のわたし”がとる
行動の多くは、まず「リスク回避」。
 
プログラム化されたロボットみたいに
グレーとみれば排除。きれいサッパリ
回避するのがあたかも快感だという
くらいに。。
 
  
//// 以下、引用・転載 /////

 
こないだ、大学の授業に
小さい娘を連れてきた
学生がいた。

たぶんやむを得ない事情。
これは明らかに
ルール違反なの。
授業に出ていいのは、
正式に登録をしている
生徒だけだから。

彼女は事前に娘を連れて
いっていいかどうかを、
聞くべきだったんじゃ
ないかと話したら
私の夫(彼も同じく大学
のセンセイ)がこう言った。

聞けば必ず答えは
ノーでしょ?
本当に必要なら
聞いても仕方ないよ。
連れてくればいい、って。

確かにそうよ。
娘連れの彼女が
教室に入ってきたら、
追い返せると思う?

(中略)

していいかどうかを尋ねる
質問の答えは、たいてい
ネガティブなものが帰って
くるものよ。だったら先に
問い合わせる意味がある?

(中略)

してもいいの?
してもいいの?と
尋ねながら、どんどん
何もできなくなっていく感じ。
自分もすっかりはまっている
そんな考え方を一蹴された
ようで気持ちよかった。

そうだよ、本当に困っていて
必要なら、やってみればいい。
やってみてアカンのじゃったら、
次はごめんねと言って
やらなければいい。

それができるメンタリティと、
それを許すメンタリティが
あるのか、ないのかって、
なんだかすごく大きなこと
のような気がする。
違うのかな。


(転載元)暮らしの旅あるき『アメリカの嫌いではない話』
https://izoomi-momo.jugem.jp/?eid=1243650


//////////////

 
すべてを大切にすると、
そうでないこととの境目が
見えなくなります。

ほんとうのところ、
どれが重要なのか
分からなくなります。

昔、職場の上司が言ってました。

 「 場の ”筋” を知りなさい 」

建前は、場のルール。
実態は、場の現実。

建前と実態がどのくらい一致して
いるかは、その場その場で違うと
いうこと。

 前述のバナナの教訓であれば、

・建前:バナナはオヤツ
・実態:バナナくらいいいじゃん

大切なのは、理屈としての

建前をちゃんと知ることが、
自由になるための第一歩だと
いうこと。制約をしることで
よりよく、動けるということ。

そのうえで、
本当に必要なら、
やってみればいい。

 
取るに足らないものは、
思いきって切り捨てる。

切り捨てたことが「意思」と
なり、みなさんの未来の習慣
を形づくっていくのだろうと
思っています。



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